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最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)956号 判決

上告人

株式会社成産

右代表者代表取締役

成瀬俊雄

右訴訟代理人弁護士

黒田耕一

被上告人

松山市

右代表者市長

田中誠一

右訴訟代理人弁護士

木下常雄

主文

原判決中、原判決別紙物件目録記載の土地の所有権移転登記手続請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。

上告人のその余の上告を棄却する。

前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人黒田耕一の上告理由について

一  原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  本件土地の分筆及び市道としての整備

(一)  原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)は、もと久松定武が所有していた松山市三番町八丁目(表示変更前の同市幸町)三六一番、三六三番合併一の土地(以下これを「合併一の土地」と表示することとし、「合併六、七の土地」もこれに準ずる)の一部であったところ、被上告人は、昭和三〇年三月、旧国鉄松山駅前整備事業の一環として、貨物の搬出、搬入用の道路を造るため、右久松から本件土地を代金三四万一二八〇円で買い受け、同年四月三〇日その代金を完済した。

(二)  被上告人と久松は、被上告人が買い受ける本件土地を合併一の土地から分筆して合併六の土地とすることにしていたが、分筆登記の手続に手違いが生じ、昭和三〇年五月一三日、実際に合併一の土地から分筆された土地は合併七の土地として表示された。その結果、登記簿や土地台帳の上では合併七の土地というものができ、しかも、合併六の土地はその後も公簿上作られなかったため、合併六の土地として登記される予定であった本件土地については、被上告人所有名義の登記が経由されないままとなっていた。

(三)  被上告人は、農地であった本件土地を公衆用道路に造成するため、昭和三〇年度の失業対策事業で盛土をして整備したが、昭和四四年六月二一日から同年七月一〇日までの間に本件土地の北側と南側に側溝を、ほぼ中央部に市章入りマンホールを二箇所設置するとともに、敷地全体をアルファルトで舗装して現況に近い形態の道路として整備した。また、被上告人は、昭和五四年一一月には、本件土地内に市道金属標を設置することにより本件土地が被上告人の管理に係る道路であることを明確にした。

また、被上告人は、昭和四三年三月に、地元民の道路境界査定申請に基づき本件土地とその南に接する合併八の土地との境界を査定したが、その査定調書には本件土地は「市道新玉二八六の一号線」と記載されており、被上告人が昭和五四年に作成した松山市備付道路台帳にも本件土地は「市道新玉二八六の一号線」として掲載された。右道路台帳には、右路線が幅員14.4メートル、長さ30.4メートルである旨の記載がある。

このようにして本件土地は、遅くとも昭和四四年七月までに、被上告人所有の道路(市道)として一般市民の通行の用に供され、付近住民からも市道として認識されてきたが、道路法所定の区域の決定及び供用の開始決定などがされたことを明確に示す資料は残っていない。

(四)  被上告人は、昭和五八年一月二五日、愛媛県からの指示により、道路法一八条に基づき、本件土地及びこれに接続して西方に延びる幅員1.9メートル、長さ一八メートルの部分を合わせて「市道新玉二八六―一号線」として、区域決定及び供用開始決定をするとともにその旨の公示をした。その後昭和六二年三月に告示された市道編制により、市道新玉二八六の一号線は「新玉四七号線」と路線の名称が変更された。

2  愛媛産興株式会社による本件土地の取得の経緯

(一)  久松家に出入りし同家の財産管理に関与していた長岡悟は、昭和五七年の夏、久松定武夫妻から、本件土地を一例として、登記簿上定武の所有となっているため固定資産税が課されているが所在の分からない土地があるので、これを処分して五〇〇万円を得たい旨の相談を受けた。このため、長岡は、知人の西原清にこの話を伝え、協力を求めた。長岡は、自分で調べた限りでは本件土地は旧国鉄松山駅前付近にあると思ったが、必ずしも明らかでなかったので、その旨を西原に説明した。

(二)  西原は、愛媛産興株式会社、有限会社清和不動産及び愛媛ビジネスセンター有限会社のオーナーとしてこれらの会社を実質的に経営する者であるが、長岡からの話を聞き、土地登記簿謄本、野取図等に基づいて本件土地の所在場所を確認し、現地を見た上で本件土地を購入することにし、昭和五七年一〇月二五日、愛媛産興を代理して、久松を代理する長岡との間で、代金を五〇〇万円とする売買契約を締結し、同月二七日、愛媛産興名義で所有権移転登記を経由した。なお、その際、売買契約を締結しても確実に所有権を移転できる確信がもてなかった長岡は、西原から万一本件土地が実在しない場合にも久松に代金の返還を請求しない旨の念書をとった。昭和五七年当時、道路でないとした場合の本件土地の価格はおよそ六〇〇〇万円であった(なお、記録によれば、後述の愛媛ビジネスセンターと上告人の売買契約では代金は一億五〇〇〇万円とされている)。

(三)  愛媛産興は、昭和五八年一月、本件土地に関し市道の廃止を求めるため付近住民から同意書を徴するなどしたが、本件土地については、同年二月二五日付けで清和不動産に、次いで昭和五九年七月一〇日付けで愛媛ビジネスセンターに、それぞれ所有権移転登記が経由された。

3  上告人は、昭和六〇年八月一四日、愛媛ビジネスセンターから本件土地を買い受けてその旨の所有権移転登記をを経由し、同月二八日、本件土地が市道ではない旨を主張して、本件土地上にプレハブ建物二棟及びバリケードを設置した。

二  被上告人は、本件土地について所有権及び道路管理権を有すると主張して、上告人に対し、所有権に基づき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を、道路管理権に基づき本件土地が松山市道新玉四七号線(旧同二八六―一号線)の敷地であることの確認を、所有権又は道路管理権に基づき本件土地上に設置されたプレハブ建物及びバリケード等の撤去を求め、これに対し上告人は、本件土地が上告人の所有であることを前提として被上告人に対し、被上告人が、本件土地上のプレハブ建物及びバリケード等を撤去して本件土地を執行官に保管させた上、市道としての使用に供することができる旨の仮処分決定を得てその執行をしたことは、上告人に対する不法行為に当たると主張して、損害賠償を求めている。

三  被上告人の所有権移転登記手続請求について

1  原審は、(一) 昭和五七年一〇月に本件土地を取得した愛媛産興は、本件土地の二重譲受人になるが、愛媛産興を代理した西原は、本件土地が既に被上告人に売り渡され、事実上市道となり、長年一般市民の通行の用に供されていたことを知りながら、被上告人に所有権移転登記が経由されていないことを奇貨としてこれを買い受け、道路を廃止して自己の利益を計ろうとしたものであるから、愛媛産興は背信的悪意者ということができ、被上告人は、登記なくして本件土地の取得を愛媛産興に対抗し得る、(二) 清和不動産及び愛媛ビジネスセンターはいずれも西原が実質上の経営者であり、上告人は、愛媛ビジネスセンターから本件土地を買い受けたが、愛媛産興が背信的悪意者であって所有権取得をもって被上告人に対抗できない以上、清和不動産及び愛媛ビジネスセンターを経て買い受けた上告人も本件土地の所有権に関し被上告人に対抗し得ない、と判断して、所有権に基づく真正な登記名義の回復を原因とする被上告人の所有権移転登記手続請求を認容すべきものとした。

2  しかし、原審の右(一)の判断は正当であるが、(二)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

原審の確定した前記事実関係によれば、本件土地は、遅くとも昭和四四年七月までに、土地の北側と南側に側溝が入れられ、ほぼ中央部に市章入りマンホールが二箇所設置されるとともに、全体がアスファルトで舗装された道路として整備され、一般市民の通行に供されてきており、近隣の住民からも市道として認識されてきたところ、愛媛産興の代理人西原は、現地を確認した上、昭和五七年当時、道路でなければおよそ六〇〇〇万円の価格であった本件土地を、万一土地が実在しない場合にも代金の返還は請求しない旨の念書まで差し入れて、五〇〇万円で購入したというのであるから、愛媛産興は、本件土地が市道敷地として一般市民の通行の用に供されていることを知りながら、被上告人が本件土地の所有権移転登記を経由していないことを奇貨として、不当な利得を得る目的で本件土地を取得しようとしたものということができ、被上告人の登記の欠缺を主張することができないいわゆる背信的悪意者に当たるものというべきである。したがって、被上告人は、愛媛産興に対する関係では、本件土地につき登記がなくても所有権取得を対抗できる関係にあったといえる。この点に関する論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

3  ところで、所有者甲から乙が不動産を買い受け、その登記が未了の間に、丙が当該不動産を甲から二重に買い受け、更に丙から転得者丁が買い受けて登記を完了した場合に、たとい丙が背信的悪意者に当たるとしても、丁は、乙に対する関係で丁自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもって乙に対抗することができるものと解するのが相当である。けだし、(一) 丙が背信的悪意者であるがゆえに登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとされる場合であっても、乙は、丙が登記を経由した権利を乙に対抗することができないことの反面として、登記なくして所有権取得を丙に対抗することができるというにとどまり、甲丙間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、丁は無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならないのであって、また、(二) 背信的悪意者が正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法一七七条の「第三者」から排除される所以は、第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって、登記を経由した者がこの法理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである。

4  これを本件についてみると、上告人は背信的悪意者である愛媛産興から、実質的にはこれと同視される清和不動産及び愛媛ビジネスセンターを経て、本件土地を取得したものであるというのであるから、上告人は背信的悪意者からの転得者であり、したがって、愛媛産興が背信的悪意者であるにせよ、本件において上告人自身が背信的悪意者に当たるか否かを改めて判断することなしには、本件土地の所有権取得をもって被上告人に対抗し得ないものとすることはできないというべきである。以上と異なる原審の判断には、民法一七七条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中本件土地の所有権移転登記手続請求に関する部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるために右部分を原審に差し戻すのが相当である。

四  被上告人のその余の請求及び上告人の請求について

1  原審は、被上告人は、本件土地につき道路法一八条に基づく区域決定及び供用開始決定をしその旨の公示をしたのであるから、本件土地につき道路管理権を有する、との理由で、被上告人の道路管理権に基づく道路敷地確認請求及びプレハブ建物等の撤去請求はいずれも認容すべきものと判断した。所論は、愛媛産興が背信的悪意者であるとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、被上告人が愛媛産興所有の本件土地につき供用開始の決定及び公示をしても、その決定及び公示は無効であるというものである。

2  しかしながら、愛媛産興が背信的悪意者であるため、被上告人は愛媛産興に対する関係では、本件土地につき登記がなくても所有権取得を対抗できる関係にあったことは、前述のとおりであるから、既に一般市民の通行の用に供されてきた本件土地につき、被上告人が昭和五八年一月二五日にした道路法一八条に基づく区域決定、供用開始決定及びこれらの公示は、本件土地につき権原を取得しないでしたものということはできず、右の供用開始決定等を無効ということはできない。したがって、本件土地は市道として適法に供用の開始がされたものということができ、仮にその後上告人が本件土地を取得し、被上告人が登記を欠くため上告人に所有権取得を対抗できなくなったとしても、上告人は道路敷地として道路法所定の制限が加えられたものを取得したにすぎないものというべきであるから(最高裁昭和四一年(オ)第二一一号同四四年一二月四日第一小法廷判決・民集三二巻一二号二四〇七頁参照)、被上告人は、道路管理者としての本件土地の管理権に基づき本件土地が市道の敷地であることの確認を求めるとともに、本件土地上に上告人が設置したプレハブ建物及びバリケード等の撤去を求めることができるものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。また、以上によれば、道路管理権を有する被上告人が仮処分の決定を得てプレハブ建物等を撤去し、本件土地を市道として通行の用に供していることは、上告人が本件土地の所有権を取得しているか否かにかかわらず、不法行為を構成しないことが明らかであるから、上告人の損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。原判決に所論の違法は認められず、論旨は採用することができない。

よって、原判決中所有権移転登記手続請求に関する部分を破棄して右部分を原審に差し戻すこととするが、その余の上告は棄却することとし、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人黒田耕一の上告理由

原判決は破棄を免れない。その理由は次のとおりである。

一、事実関係について

(一) 事件争点は松山市三番町八丁目三六一、三六三番合併七、元久松定武所有の土地(以下「本件土地」という。)の二重売買に伴う登記の対抗力の有無の問題である。

(二) 本件土地の所有者であった久松定武は、昭和一八年伯爵を世襲し、翌昭和一九年貴族院議員に互選され、昭和二二年第一回参議院選挙に立候補し、参議院議員となり、昭和二七年愛媛県知事に就任し、知事五選の後昭和四六年知事を退任した。愛媛県においては同人に対しては「御殿様」との尊称をもって一般に周知されている(別紙一経歴書の通り)。

(三) 右久松定武より別紙二の通り本件土地が転売され、そして上告人は本件土地の所謂転得者として所有権移転登記をうけたが、被上告人は本件土地を購入したと称し、約二七年間所有権の登記手続を経由せずして放置し、昭和五八年一月二五日道路法第一八条に基づき、本件土地を含め市道「新玉二八六―一号線」として区域決定及び供用開始の決定並びにその旨の公示をしているが、本件土地について、公衆用道路としての地目の表示がなされていない。

ところで久松定武は本件土地を被上告人に売却したとの事実の認識がない。従って訴外愛媛産興株式会社(以下「愛媛産興」という。)に対し、その実質的経営者であったと思料される訴外西原清に対し売買折衝及び売却するについて、二重譲渡の認識がなく、本件土地は久松定武が所有していることを前提として、訴外西原清との間に愛媛産興に売却するについての売買交渉を直接なし、且つまた代金と引き換えに所有権移転登記手続をしているものである。

西原清も同様、本件土地が松山市に売却された事実は承知していなかったものである。

(四) 人格高潔な久松定武において二重売買をするようなことは絶対有り得ないと社会通念上考えるのが相当である。

本件土地は久松定武名義で存在しており、且つまた乙第一一号証及び証人黒田積(被上告人松山市職員)の証言によっても、昭和四八年から同五八年まで本件土地につき固定資産税を賦課している事実が認められ、又登記簿上も久松定武の所有として残っており、久松定武が西原清を介し、愛媛産興に本件土地を売却するについては、既に被上告人に譲渡したという事実は認識していなかったものと思料される。(愛媛産興に売却するにつき、長岡悟を代理人としたとの原審認定事実は事実誤認である。原判決一三丁裏乃至一四丁表)

そして本件売買について、被上告人は暴利行為に該当するかもしくは公序良俗に違反し無効であるとの主張するが、久松定武と愛媛産興との売買契約は有効に成立したと認定している(原判決一五丁表)。

(五) そして愛媛産興と被上告人との間に民法第一七七条の対抗問題が生ずるものとして把握し、久松定武から本件土地を買い受けた愛媛産興が被上告人に対する関係で、背信的悪意者にあたるかどうか判断をなし、その結論として原判決は「西原が……本件土地が既に被上告人に売り渡され、事実上市道となり、長年一般市民の通行の用に供されていたことを知ったが、被上告人名義に所有権移転登記がされていないことを奇貨としてこれを買受け、道路を廃止して自己の利益を計ろうとしたものと認めることができるのであって、このような事情の下に本件土地を買受けた愛媛産興は、背信的悪意者であると評価されても致し方のないものということができる。」(一七丁裏)と認定している。

そして「愛媛産興が背信的悪意者であって所有権取得をもって被上告人に対し対抗できない以上、清和不動産、ないし愛媛ビジネスセンターを経て買受けた控訴人もまた本件土地の所有権に関し被上告人に対抗し得ないものというべきである。」と結論づけ、その結果「被上告人は本件の所有権に基づき、上告人にたいしその所有権移転の抹消を請求することができるから、これが抹消に代え、真正な登記名義の回復を原因とする被上告人への所有権移転登記手続を求める被上告人の請求は理由がある。」(一八丁表乃至裏)と判示している。

二、まず原判決は転得者である上告人の所有権の取得およびその取得登記について善意悪意を問題とせず、さらにまた愛媛産興と同様背信的悪意者であるかどうかの判断を逸脱している。

(一) しかし、この点については、明らかに判例学説に違反している。学説上は、いくつかの法律構成が主張されているが(詳細は、吉原・民法の争点Ⅰ一一七頁参照)、多数説は、背信的悪意者CもBに対する関係では登記欠缺を主張できず、その限りで権利取得の効力が生じないだけであり、AからCへの物権変動が無効になるわけではなく、Cは無効権利者となるわけではないから、Dが背信的悪意者でない限り、Cから有効に物件を取得しうる(いわゆる相対的無効説)と解している。判例にも、「第二譲受人Cからさらに係争山林を買い受けた転得者Dが第一譲受人Bからその所有権をもつて対抗されるかどうかは、D自身の右山林を買い受けた行為がBに対する関係で背信性を帯びるかどうかにかかっているものと解するのが取引の安全やBとDの間の衡平の見地からいっても相当と考えられる」と判示している(広島高裁松江支判昭四九・一二・一八判時七八八号五八頁)。そうだとすれば、第一譲受人Bと転得者Dとの関係も、相対的に背信性を認定すればよく、Cが善意であってもDが背信的悪意者と認定される場合が生じてくることになる(鎌田・民法講座2一二九頁参照)。判例にも、善意の第三者Cから不動産を転得した背信的悪意者DはBの登記の欠缺を主張する正当な利益を有しないとし、その理由として、「背信的悪意者論は……信義則の理念に基づいて背信的悪意者を登記制度の比護の下から排斥せんとする法理であるから、登記欠缺者と当該背信的悪意者間の法律関係について、相対的に適用されるべきものであり、善意の中間取得者の介在によって、その適用が左右される性質のものではないと解するのが相当である。蓋し、斯く解したからとて、その適用の結果が中間に介在する善意の第三取得者の法律関係、法的地位に影響を及ぼすものでもなく、又反面、悪意の遮断を認めると、善意の第三者を介在させることにより背信的悪者が免責されるという不当な結果を認めることになるからである」と判示している(東京高判昭五七・八・三一判時一〇五五号四七頁)。

(二) ところで本件については、上告人に対する愛媛産興からの譲渡経過については暴利行為、公序良俗違反による背信的悪意を認定しているのでなく、単に本件土地が道足の形態であると認識しておりながら、あえてこれを訴外西原清において利益を得るため本件土地を購入したことを、背信的悪意者と認定しているのであり、その前提である久松定武と愛媛産興との取引は有効に成立していると前示のとおり認定しているのである。

従って久松定武から愛媛産興への物権変動が無効になるわけではなく、愛媛産興は無権利者ではない。従って転得者である上告人は正当に本件土地の取得をなし、かつ適法に登記を経由しているのである。

そこには上告人が転得行為について背信的悪意者と認定される証拠も存在せず、且つまたこれについての判断も逸脱している。

原判決は、「被上告人は本件の所有権に基づき、上告人にたいしその所有権移転の抹消を請求することができるから」としており、原判決はこの点において、前示掲記の判例に違背し、破棄を免れないと思料される。

三、また訴外西原清ないし愛媛産興は背信的悪意者とはいい得ない。

前示のとおり原判決は「事実上市道となり、長年一般市民の通行の用に供されていたことを知ったが、被控訴人名義に所有権移転登記がされていないことを奇貨としてこれを買受け、道路を廃止して自己の利益を計ろうとしたものと認めることができるのであって」という事実をもって背信的悪意者であると認定している。

(一) しかし、従前の判例をみても、右認定事実をもってしても、判例上背信的悪意者とは到底認定しえないと思料されるし、後に述べる各最高裁判所判例に違反するものと思料される。

判例上、最高裁において背信的悪意者論が登場したのは昭和三〇年代であり、それが確立したのは昭和四〇年代である。

まず最判昭三一・四・二民集一〇巻四号四一七頁は、「第三者が登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しない場合とは、当該第三者に、不動産登記法四条、五条により登記の欠缺を主張することの許されない事由がある場合、その他これに類するような、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合に限るものと解すべきである」と判示し、次いで①最判昭三六・四・二七民集一五巻四号九〇一頁が二重売買が民法九〇条により無効となる場合について判示して結果的に背信的悪意者論と類似の考え方を示し、ついに最判昭四〇・一二・二一民集一九巻九号二二二頁は、「民法一七七条にいう第三者については、一般的にはその善意・悪意を問わないものであるが、不動産登記法四条または五条のような明文に該当する事由がなくても、少なくともこれに類する程度の背信的悪意者は民法一七七条の第三者から除外さるべきである」と判示して、明確に背信的悪意者の概念を打ち出した(もっとも当該事案の下ではいまだ背信的悪意者とはいえないとの結論に達している)。

その後、最高裁は、背信的悪意者であることを肯定した六つの判例を生み出したほか、多数の下級審判例が続出しており、背信的悪意者論は判例として確立されるに至った。

その理論的根拠としては、信義則違反(民一Ⅱ)、権利濫用(民二Ⅲ)、公序良俗違反(民九〇)、不動産登記法四条及び五条の類推、取引当事者に準ずる者、その他登記の欠缺を主張する正当な利益を有しない者などである。

最高裁が背信的悪意者であることを肯定した六つの判例を類型化すると、以下の四つの場合に分けることができると思われる。

(一) 第三者に特別の害意があり不法行為性・犯罪性濃厚の場合

① 前掲最判昭三六・四・二七

(二) 第三者の権利取得の方法が不誠実で社会的正義に反する場合

② 最判昭四三・八・二民集二二巻八号一五七一頁

(三) 第三の行為が自己の前行為と矛盾し信義則(禁反言)に反する場合

③ 最判昭四三・一一・一五民集二二巻一二号二六七一頁

④ 最判昭四四・四・二五民集二三巻四号九〇四頁

(四) 抵当権放棄の交渉に関与した後にそれを実行することに背信性がある場合

⑤ 最判昭四四・一・一六民集二三巻一号一八頁

⑥ 最判昭四五・二・二四民集判時五九一号五九頁

(二) 訴外西原清が本件土地の登記簿を閲覧し、所有者が久松定武のものであること、地目が田であり、これを松山市農業委員会を経由し、雑種地として地目変更の農地法上に許可を受け、その上で昭和五七年一〇月二七日愛媛産興名義に所有権移転登記をしたこと、松山市において調査の結果、昭和四八年から同五七年まで久松定武に対し松山市長名義で固定資産税の納付命令が出され、納付している事実を知り、また現況調査の結果、名鉄運輸株式会社の駐車場として使用されており(乙第一二号証写真参照)、通路の形態をとっておらず、市民の通行がなされていない客観的状況を把握した上、「御殿様が困っているので五〇〇万くらいで買ってもらいたい」ということで、久松定武よりその経済的困窮を軽減する意味で本件土地を購入するに至ったものである(原判決一二丁表裏、長岡悟の原審平成四・四・一三付証言調書一二項乃至二〇項、四〇項、五一項、五二項参照)。

また「売買契約を締結しても確実に西原の所有に帰せしめる確信がもてなかったので西原から「万一本件土地が存在しない場合にも久松から代金の返還を請求しない」との念書をとった。」(原判決一三丁表)という事実がある。

従って本件売買については、右認定事実からみても、久松定武が被上告人に転売しているとの事実を認識しておらず、また念書提出の状態からみても訴外西原清が不当な利益を得るため、久松定武に偽計または詐術をもってその他前示最高裁判例が説示する背信的悪意を認定するが如き事情をもって本件土地を購入したものではない。

本件売買については久松定武とすでに被上告人に転売している事実を承知しながら不当な利得を得るためその他久松定武に偽計または詐術をもって本件土地を購入したものでもない。

前掲掲示の各最高裁判所のいう背信的悪意者には、原判決摘示の事実をもってしても到底該当しないと思料されるし、その点についての前示各判例の解釈適用を誤った違法があり、到底破棄を免れないと思料される。

四、道路について

(一) ところで被上告人松山市は、愛媛産興が本件土地について所有権移転登記を受けた昭和五七年一〇月二七日の後である昭和五八年一月二五日道路法第一八条に基づく供用開始の決定並びにこれら公示をしている。

尚、供用開始とは、道路管理者が路線の指定または認定及び区域決定という行政行為を経て、外形上も公共の用に供し得る状態となった道路を、一般交通の用に供する旨意思表示する行政行為である。供用の開始をするためには、道路予定地について、道路管理者が正当に権原を取得していること及び道路としての物的施設が一般交通の用に供して差し支えない程度に備わっていることが必要である。

(二) しかし愛媛産興に対し、これについての正当な補償がなされていない(憲法第二九条一項、三項)。従ってその点について、右供用開始の公示は無効であることはいうまでもない。

さらにまた本件土地について、登記簿上、道路として地目表示がなされておらず、愛媛産興ないしその転得者である上告人には対抗することを得ない(大審大正七年一二月一九日民二判・大正七年(オ)六七三号、民録二四輯二三四二頁、民抄録八一巻一九一二七頁、昭和八年一一月二七日長崎控民二判・昭和八年(ア)三五二号参照)。

(三) 本件土地については、被上告人は正当な権原を取得しておらず、さらにまた被上告人自体が本件土地は道路でないことを証明している。即ち先に指摘した固定資産税を市長名義で納付せしめていること並びに乙第二号証の官民境界査定(昭和五八・一・二七付)において本件土地が民有地であり、愛媛産興所有であることを市長名義で証明している事実がある。

これらの事実からも被上告人自体が本件土地を道路ではなく民有地であり、供用開始の要件を欠如していることを被上告人は承認しているというべきである。

被上告人は乙第二号証は道路維持課が間違えて作成した文書であるといい、また固定資産税の課税も事務手続上の誤りであると主張するが、税金納付の命令書並びに乙第二号証の作成名義はともに松山市長の適法な署名押印がなされた意思表示文書である。

これを否定するのは禁反言の原則に違反するものといわざるを得ない。

(四) 被上告人の行政権を行使する職員は膨大な人数に及び、担当する業務も多様である。被上告人の特定の職員ないし部署が行政機能を行使するについて得た知見があまねく被上告人の他の職員に共有されることを期待するのは困難である。しかし一般国民にとっては、その職員の所属する被上告人の代表者の作成した右各文書は、これを適式な行政権の行使がなされたものと期待し、これに従って行動することは不合理であるとはいえない。

ところが原判決は、単なる職員の事務処理のミスとしてこれを無視し、本件土地を道路として認定判断している。

前提としての前示行政官庁の発する行政権の行使としての証明書、納付命令書を排除していることは、法律の解釈適用を誤った違法があると言わざるを得ない(判例時報一四二五号六一頁、差押処分無効確認等請求事件、東京地裁平成三年行ウ四二号、平四・四・一四民三部判決、認容(確定)参照)。

五、公示方法たる登記制度はこれに対する第三者の信頼を保護することによって機能を営むものである。そして物件取得者はただちに登記をして自己の地位を確保すべきであり、それを怠るのはその手落ちとも言うべきである。

被上告人は約二七年間の長きにわたり、道路として本件土地を購入したというのであれば、直ちに所有権移転登記をなし、地目を公衆用道路として登記手続を取るべき義務があると思料される。

ところが被上告人において久松定武に対し、登記手続をするについて協力を求めた事実もなく、現実に登記請求権を具体的に行使した又は行使しようとした事実は皆無である。本件については右登記請求権を行使するについての障碍は皆無であったものである。

その結果、原判決の言う二重売買という結果を招来したとすれば、別紙二、別紙三の転得者、抵当権設定権者に対する経済的な莫大な損害を招来したこと即ちこれらの取引の安全を著しく害するが如き行為を招来したものである。

被上告人の、本件について登記欠缺を主張することは、自己の招いた故意ないしは重大な過失による取引の安全を不法に侵害した事実を隠蔽し、糊塗する結果となる。

このことは被上告人において前示公示方法たる登記制度を無視したものであり、訴外西原清ないし愛媛産興を背信的悪意者であると主張すること自体信義則に違反すると思料される。

六、以上、原判決はいずれにしても法の解釈適用を誤り違法であり、破棄を免れない。

(添付書類省略)

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